研 究
研究概要
電子散乱による原子核研究
電子ビームを原子核標的に照射し散乱電子を観測すると原子核内部の詳細な様子がわかります。私達は電子散乱と呼ばれる測定手段を通じ現代原子核物理学が抱える以下の2つの研究課題に挑んでいます。
1)陽子の大きさの精密測定
2)短寿命な不安定エキゾチック原子核の大きさや形、内部構造の研究
原子核の大きさや形などの構造を調べるには、上記の電子散乱という方法が最適です。約半世紀ほど前に安定な原子核の構造が電子散乱によって詳細に調べられました(1961年R. Hofstadter、ノーベル物理学賞)。
これはフェントメータスケールの陽子や原子核の姿を捉えるためのまさに電子顕微鏡です。(フェントメータ fm : 10-15m)
研究テーマ詳細
陽子の大きさの精密測定 (ULQ2(Ultra-Low Q2 )プロジェクト)
陽子は、中性子とともに原子核を構成する基本粒子です。長年、大きさや形、内部構造が詳細に調べられてきました。2010年に素粒子の標準理論では同じ仲間と考えられている電子とミュー粒子を通じた陽子半径測定結果が一致しないことが発表され「陽子半径問題」と呼ばれる事態になっています。
その他にも、宇宙の物質の基本要素である陽子の半径の不定さは、
1)基礎物理定数であるRydberg 定数の不定さに直結
2)陽子・中性子を構成要素とする原子核の電荷密度分布を始め、核構造研究に影響を与えるため、世界各地で不一致の原因解明・真の陽子半径の決定に向けた研究が行われています。
主として高エネルギー電子散乱で測定されてきた陽子半径には大きな解析モデル依存性の可能性が指摘されています。私達は当センターの 60 MeV 電子加速器を利用した史上最低エネルギー(Ee = 20 – 60 MeV)での電子・陽子弾性散乱実験で、高エネルギー電子散乱では不可能だった正攻法の測定を実現し、電子散乱としては最も信頼度の高い陽子半径の決定を目指しています。
本研究を遂行するための新しい電子ビーム輸送系と弾性散乱電子検出用の高分解能電磁石スペクトロメータを建設しました。2020年末にコミッショニングを開始し、設計通りの性能を有していることを確認済みです。一部実験装置は2021年度中に建設、設置予定で、2022年度からの本格測定に向けて準備を進めています。
なお本研究は以下の2つの科研費によって推進しています。
1)科研費基盤研究 (S) 2016-2020年 研究代表者 須田利美
2)「科研費基盤研究 (S) 2020-2024年 研究代表者 須田利美
短寿命なエキゾチック原子核の研究(SCRIT プロジェクト)
天然には存在しない短寿命で崩壊してしまう不安定なエ キゾチック原子核の研究により、従来の原子核構造の常識を破る新奇な構造 が次々と発見されています。これらの構造解明が、原子核物理学だけでなく宇宙での物質進化(元素合成)の理解に不可欠であることから世界 各地で鎬を削る研究が進んでいます。
電子散乱は原子核構造研究の王道ですが、生成困難でかつ短寿命で崩壊してしまう不安定核の電子散乱による研究はその困難さのため不可能とされてきました。私達はこの壁を打ち破る SCRIT 法(Self Confining RI Target、自己閉じ込め型標的)という実験技術を発明し世界初のエキゾチック核 専用電子散乱施設を理化学研究所に建設し研究を進めています。
この方法は高エネルギー電子蓄積リングを利用します。周回する電子ビームが作り出す静電ポテンシャルで電子ビーム上に研究対象の原子核イオンを捕獲させます。
周回電子に、電子ビームによってイオン化された加速器内の残留ガスが捕獲される現象は、イオン捕獲現状としてよく知られています。捕獲イオンによって電子が散乱されてしまい、周回電子ビームの現象や加速器の不安定性を招くことから、このイオン捕獲は問題児として扱われていました。
SCRITという私たちのアイデアは、この現象を積極的に利用して研究対象の(不安定な)原子核を電子ビーム自身に捕獲させ、自動的に電子散乱を起こさせるというものです。この方法によるとイオンは電子ビームから逃げ出せずビーム上に滞在してくれるので非常に少数のイオン数で実験ができます。
この研究は、世界最大強度で短寿命不安定核を生成することが出来る独立行政法人・理化学研究所のRIビームファクトリー(RIBF)で推進しています。弾性散乱電子を観測し、短寿命不安定核の電荷密度分布を決定します。私たち東北大学の研究グループは、弾性散乱電子を同定・観測するための大型電磁石スペクトロメータを建設、運用しています。
科研費基盤研究 (S) 2010-2015年 研究代表者 須田利美